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No.21 「神産婦医報」平成17年度 No.156号に掲載した院長のエッセイ

  

 

オーディオ今昔
  北区  岡 憲史 


 私は決して凝り性ではない。「オーディオが趣味」などとのたまう輩は、ほぼ例外なく「マニア」の類だろうが、私は違う。飽き性でもあり、根が貧乏性なの か、高価なものを趣味的に購入することは殆ど無い。日常の医療業務でも、例えば新しい種類の医薬品を購入するなら、まずはジェネリックで値引率のいいもの を探す。そういう性格である。私のような者には、オーディオのことを論評する資格などないのかも知れない。専門雑誌を開いてみて、「いいな」と思いつつ も、「買うのは到底無理だな」と感じて読むのを終える。
 しかし、マニアの方とこの種の話をするのは大好きだし、安い機器ながらも、家でゴソゴソ触ってみて、少しでも良いと思う方向に再生音が変えられたら、一人で満悦している。


▼「いい音」とは
 
いわゆる「ステレオ」なるものが一般家庭に普及して来たのは、テレビと同じ頃、昭和33年から35年頃からだったと思う。しかし当時小学生の私には、ス テレオの何がいいのか、さっぱりわからなかった。「生(なま)の音」というコピーも、全く実感がなかった。僅かに、ショールームに立ち寄った時、ベースの 音がズシンズシンと響くのが印象的だった程度である。
 私が大学に入学した昭和44年から数年間は、同級生も含めてオーディオマニアが私の周囲に沢山いた。200万円以上のシステムを自慢する先輩もいたが、 実際に音を聞かせてもらうと、何がいい音なのか、何を目的として彼はあれほどの大枚をはたいて来たのか、やはりさっぱりわからなかった。
 その後、この私にも「いい音」に巡り会う機会は何度かあった。最初は何とラジカセである。昭和54年に大阪の日本橋で購入した、アイワ製の4万円台のも のだが、実にいい音をしていた(と思っていた)。今にして思えば、単にダイナミックレンジを上げた設定がしてあったので、メリハリが効いているように感じ ただけなのだろうが、当時の私は大満足だった。
 しかし所詮ラジカセはラジカセである。カセットテープ特有のヒスノイズと、高音の伸びが不足することに不満を感じ始め、結婚を機に一式のシステム(総額60万円位のものだった)を購入した。
 ところが、この時点である程度は耳が肥えていたのか、いやそれよりも、高価なシステムほど、いい音源ならいい音を出すが、まずい音源なら、よりまずい音を出すということだったのか、少しも満足できなかった。
 LPレコードは、どうしても針がディスクをこする特有のノイズがあり、私にはこれが許容できない。いわば、ひどい耳鳴りのする状態で音楽を聴くようなものである。
 カセットデッキについては、dbxという最高のノイズリダクションを有するものを無理して買ったが、いかんせんテープに取り込むソース自体が、ノイズだらけのLPであったり、FM放送程度なので、少しも「いい音」を得ることができなかった。


▼当時出会った「いい音」

 本当の「いい音」とは、やはり「臨場感を感じる」音のはずである。私は当時そういう「いい音」を聞ける場所を1つだけ知っていた。電器店のショールームではない。大阪駅前の第一ホテル、いわゆる「丸ビル」横の小広場である。
 今もここでは昼間ずっと音楽が流されているが、まことに「いい音」である。冗談抜きで、まるでその場でライブ演奏がなされているが如く聞こえる。一体どのようなシステムが用いられているのだろうか。
 
▼CDの登場、オーディオへの関心の中断

 私自身を含めた世間一般大多数の人にとって、この頃に目標としていた「いい音」とは、臨場感は別としても、まずはノイズのない、低音はよく響き、高音も よく伸びる、そういう音だった。ところがその条件は、CDの登場によって一挙にクリアされる。まさにオーディオ界における革命であった。
 しかし当時から(現在も)、CDに対するアレルギー的なコメントをよく耳にした。「音の暖かみがない。」「音の深みがない。」等々、要はLPの方がCD より音がいいと言うのである。私にはこれがいまだに理解できない。CDの音は悪くない、LPよりいいと今でも思っている。
 一方で、CDが普及してきた頃より、オーディオの機器について、いろいろ設定を変えたり、オプションを付け加えても、意味がないというか、趣味的にはお もしろくないと感じるようになった。また、我が家のオーディオは幼い子供達に占拠され始め、「チェンジマン」「キン肉マン」あるいは「仮面ライダーブラッ ク」などの曲を一日中聞かされるようになって、私自身のオーディオへの関心も完全に中断されてしまった。
 それから十数年、ふと現在のオーディオの実情を見ると、ずいぶん様変わりしたと感じる。


▼圧縮ファイル vs スーパーオーディオ

 iPod(アイポッド)なるものを御存知だろうか?現代の若者達はiPodを代表とするポータブル・オーディオが大好きなのだ。
 CDなどのデジタル信号をパソコンで「MP3」という圧縮ファイルに変換し、パソコンからそのMP3ファイルをiPodに取り込ませて再生、すなわち圧縮ファイルを解凍する。MP3ではないが、MD(ミニディスク)内の信号も実は圧縮ファイルである。
 圧縮ファイルを再生してみても、元のCDと殆ど音の差はない(ということになっている)。確かにノイズもなく、メリハリは効いている。
 しかし実際には何か違うのである。いわばビールと発泡酒の違いに似ている。発泡酒もまずくはない。ビールと同じような味もしている。しかしやはり「何か違う」のは、皆様実感されているだろう。
 とはいえ、若者達は少なくともポップスを聴く限りは、この圧縮ファイルで十分に満足しているようだ。

 一方、圧縮ファイルを再生するポータブル・オーディオとは全く逆の方向、CDより遙かに多くの音信号を媒体に記録して、再生するという機器も出始めてい る。DVDオーディオとスーパーオーディオ(以下「SA」)がそれである。残念ながら私はまだどちらも試聴したことがない。売り物となるスペックを見る限 り、SAの方がattractiveではある。
 SAとはソニーが中心となって開発された全く新しいデジタルオーディオだが、デジタルでありながらアナログ的な面を有している。6チャンネルまでの再生 が可能だし、再現可能な周波数が、低音は単なる振動と感じるレベルから、高音は可聴域(20kHz)を遙かに越す100kHzまでカバーされているとい う。
「SAはすごい。」と感嘆詞を吐いた友人もいた。機器の価格も10万円を下回るものが出始めたので、既に購入して、その「すごさ」を実感されている方も多いだろうが、私はまだ買おうという気になれない。それは何故か。「ソニー」が開発したということで、一抹の不安を感じてしまうのである。
 ソニーという会社は優れたセンスと技術力をもって製品を開発するのだが、どうも長続きしない。発売当初は確かに魅力的と思われる製品を出す。ところがラ イバル(多くは後発)に結局は負けてしまい、自らもライバルと同じものを作り始める。それどころか自らが開発したオリジナルを放棄してしまう。たまらない のは発売当初のソフトをたくさん抱えた消費者である。
 古くはベータがそうだった。その後の8ミリビデオ然り。MDも同様の運命をたどりそうな雰囲気である。最近発売されたHi(ハイ)MDもいつまで続くものやら。
 ソニーが信用できない理由がもう一つある。殆どの機器が2年位で突然故障し始め、修理を依頼すると新品の半値以上の価格を請求されて、結局は新品の購入を勧められる。こういうことが実に多い。口の悪い人はこれを「ソニータイマー」と呼ぶ。
 以上より私はSAの購入にはまだ慎重でいる。


▼何を聴いていたいのか

 多くのオーディオマニアの方は、クラッシック曲を「いい音」で聴くべく努力される。私は残念ながら違う。私はこと音楽に関しては、かなりのミーハーで、 歌謡曲や演歌も大好きなのである。このことからも、私にはオーディオを語る資格がないのかも知れない。室内で、じっと聴くなら絶対にジャズがいい。これなら少々ノイズがあっても、歪んでいても許す。
 昔のジャズ喫茶、床は黒く塗った板張りで、室内は薄暗く、客同士は殆ど会話もせずに、ある者は目を閉じて瞑想し、ある者はタバコの煙をくゆらせ、またあ る者はスケッチブックを取り出して、目の前のものを勝手にスケッチし始めている。スピーカーは小さなBOSEで、思い切り乾いたアメリカンなサウンドを出 すのがいい。マイリス・デービス(ただし前期の)とキャノンボール・アダレイが好きだ。昔はこういう場所がいくつかあった。大阪なら梅田の「ファンキー」 という店がそうだったが、今は跡形もない。
 こういう音を今一度じっくりと、しかし何も考えずに聴いてみたいと思う。
 iPodでは無理だろう。私のオーディオには(生意気ながら)「音」だけでなく、それを包み込む室内空間のシチュエーションが極めて重要なのである。

(了)

 

 

 

 

 

 

 

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