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No.27 最近よく思うことを、徒然なるままに

  

 

1、座右の銘
人は自分が思うような人になる。すなわち、自分はダメだと思ったらダメな人間になる。
金持ちになりたいと思うなら、そうなるための努力も必要だが、そう思わなければ金持ちにはなれない。
私自身がどうなりたいと思っているのか、今日66才で人生残り僅かなので、あまり大それたことは無理だろうが、秘密です。

他人様の役に立てているから、生きる資格も情熱も保てる。
「他人」というのは、社会全体や一般大衆はもちろん、小グループ、家族であっても愛人であっても、極端にいえば反社会的勢力であってもいい。
親を思う子が居るなら、その子のために生きているだけでも、十分に生きる資格がある。
「ひきこもり」で、ゲームばかりして毎日を過ごす青年が多いようだが、「自衛隊にでも入れ」と言いたい。
誰の役にも立てなくなったら、生きる情熱はなくなるし資格もない。
しかし身勝手ながら、自分がそうなっても死にたいとは思わない。 見ることも聞くこともできなくなって、人間として得ることのできる最終的かつ基本的な快楽、すなわち食事をすることもできなくなったら、死にたいと思う。

不幸な状況を確実に救ってくれる方法は、他人の不幸を知ることである(麻薬と同じで、一時的に快感を得られる)。しかし、それに味を占めて繰り返し追い求めていると(麻薬中毒と同じになると)、人間性の価値が地に落ちる。他人からも相手にされなくなる(これも麻薬中毒患者と同様)。不幸な状況はやはり、自分自身で解決する努力をするべきである。

2、好きなもの
日本人の最も好きな食べ物は、カレーライスだと思う。

最高におもしろいスポーツは野球だと思う。

最高におもしろいゲームは麻雀だと思う。

最高におもしろい映画は「仁義なき戦い」だと思う。

 最高の唱歌は「翼をください」だと思う。
しかし日本人の心に最も響く音楽は演歌だろう。

八代亜紀の演歌歌唱力はすごい。
「雨の慕情」はいい歌だが、パクリがひどい。曲の冒頭を、「屋根の上のバイオリン弾き」の「サンライズ・サンセット」と聴き比べられたい。
多くの演歌歌手の出発点は民謡だが、彼女の場合はモダン・ジャズらしい。

モダン・ジャズも心に響く。
史上最高のジャズメンはキャノンボール・アダレイだと思う。「チャーリー・パーカーの再来」とか言われたらしいが、キャノンボールの方が遙かに上手い。
マイリス・デーヴィスが、どうして彼のことをあまり評価しないのか、理解できない。この2人のコラボは最高である。(世界中で最も売れているジャズ・アルバムは「サムシン・エルス」)

自動車も好きだが、ベンツ(SL500)を買ったのは人生最高の無駄遣いだった。ベンツは毒である。しかし、毒というのは美味しいもので、ベンツも美味しかった。(毒婦も美味しい?)(脚注1)

写真などで確認できる限り、過去最高の美人はエリザベス・テーラーだと思う。
でも個人的には、マリリン・モンローの方が好き。
日本人なら、過去最高の美人は京マチ子だと思う。
今日の日本の女優で、最も輝いているのは米倉涼子だと思う。(脚注2)

3、団塊の世代と世の流行
この半世紀、世の中は我々団塊の世代を中心に動いてきた。

主潮たる思想も然り。
全共闘時代には、世の中全体が左翼だった。
今日還暦を過ぎ、「あの当時、何て馬鹿なことを考えていたのか。」と思うようになり、世の中では右翼的な主張が歓迎される。

自動車の流行も然り。
ホンダN3が出た頃は、学生のアルバイトに加えて、親に多少無理を言えば何とか買えるような自動車が主流。1970年代前半、すなわち20才代前半ではスポーツカーが主流だった。結婚してちょっと落ち着いて、家を買うためにも節約しなくちゃと思う頃は、カローラとかファミリアなどの、おとなしめの車に乗った。子供が2-3人出来て、ファミリーでちょっとした旅行をしたいと思っていた1980年代は、いわゆるミニバンがもてはやされた。その後、中間管理職になってセダンにも乗ったが、定年退職後のこれからは、衝突回避の自動ブレーキとか、車庫入れや縦列駐車が容易なアラウンドビューが装備された、容易に安全に運転できる車が中心になるはずだ。

スマホは、あまり流行らないと思う。我々の世代以上の者にとっては、実に使いづらい。
(脚注3)

4、我が母校、柳井高校の野球部について
 弱くなった。周辺の他校が強くなったのかも知れないが、失礼ながら、今の指導者では勝てないのでは?(脚注4)
 
最後に甲子園に出た時の監督は、同級生(高19回卒)の角(すみ)君だが、1回戦で負けて地元の後援者にずいぶん怒られた。
 しかし、その時の相手校の投手が誰だったか御存知だろうか?何を隠そうあの大魔神こと佐々木主浩である。それを思うと、よくあそこまで善戦したものだ。
 彼が監督だったから1回戦で負けたのではなく、彼が監督だったから、投手のカーブ以外に取り柄のなかった弱いチームを、甲子園に導いたのである。
あくまで私の個人的意見だが、彼がもう一度監督にならない限り、甲子園に行く可能性は殆どない(脚注4)。
ただし、彼の熱血指導は、現代の高校生には受け入れにくい面があるかも知れない。校長先生におかれては、多少の行き過ぎには目をつぶる、もしくは庇護する覚悟をして欲しい。

5、体罰問題について
 大阪府の高校バスケットボール部で、顧問のコーチが生徒に体罰をし、その体罰を受けた生徒が自殺したというニュースがあって以来、「体罰はいかん」という世論が主流となっている。しかしその世論に違和感がある。
 
最近では、天理大学柔道部の体罰が問題化したが、格闘技での体罰なんて当たり前ではないのだろうか?しかも天理大学柔道部は国内でも最高峰のレベルである。
 
もっと違和感を覚えたというか、滑稽にすら感じたのは、プロレス道場で「リンチまがいの」体罰があり、それをマスコミにチクった選手がいる。
プロレスなんて、喧嘩のショーではないか。プロのショーである限り、本当に喧嘩が強くなければ一流にはなれないし、強くなりたいのなら、毎日喧嘩の練習をしないといけない。その訓練なら当然「リンチまがい」のしごきもあり得るはずだ。それをマスコミにチクってどうするのだろう。

そのうち、大相撲やプロボクシング、プロ空手なんかでも、「体罰」が騒がれるかも。もっとも大相撲では、体罰(というよりリンチ)で死亡した事件があり、これはさすがに問題視された。
まあ、私とは全く無縁の世界のことではあるが。

6、医療、特に産科医療について
医療とは基本的に、自然の摂理に反する行為である。

まずは癌の治療がそうだ。自然に出来た腫瘍を、無理矢理切り取り、放射線や抗癌剤で細胞を殺す。
高血圧の治療も、加齢によって自然に硬く狭くなった血管を、無理矢理に開いたり、血管抵抗に負けまいとして頑張っている心臓の、収縮力を押さえ込む。
高脂血症や骨粗鬆症の治療も同様。感染症で解熱薬を用いるのも、自然の摂理に大いに反している。
アンチエイジングや美容形成など、自然の摂理に逆らう最たるもの。更年期障害に対するホルモン補充療法も、似たようなものである。

ところが産科医療に限っては(小児科医療も似たところがあるが)、少し事情が異なる。出産というのは余計な手を加えず、自然の経過に任せた方がいいことが多い。
しかし、全ての出産がそうかと言えば違う。自然の摂理に反するべき状況も多々ある。
陣痛を薬で強めないといけないこともあるし、当然感じるべき痛みを、麻酔で和らげないといけないこともある。腹を切って、無理矢理赤ちゃんを出すことが必要なこともある。
自然の摂理に任せるべきか、あるいはそれに逆らうべきかを判断するのが、産科医の役割である。
自然の摂理に逆らうのが、悪いとは思わない。癌はやはり治療しないといけない。
不妊治療としての体外受精も、大いに自然の摂理に反しているが、それを必要とする夫婦は数多い。

出産とは1種の排泄行為である。すなわち、お祭りではない。
本能剥き出しになるものだから、他人に見せるものではない。


脚注1) その後はレクサスGSにしばらく乗った。この車は静かだし、乗り心地はいいし、ハイブリッドなので燃費もいい。スピードも結構出るし、加速はベンツよりいい位だ。毒は全くなくて、文句のつけようがない。しかし、何かおもしろくないのである。優等生過ぎるためだろう。
2015年12月の今日、レクサスは長男に譲り、主としてポルシェ・ケイマンに乗っている。この車は実に美味しいが、毒だとも思えない。ただし、乗り心地は決して良くないし、エンジン音はうるさいので、やはり毒気はあるかも。
何故こういう車が美味しいのか?自動車よりオートバイが好きな人なら、その気持ちが理解できるだろう。

脚注2) これを書いた当時はそう思っていたが、結婚してから輝きが少なくなったと感じるのは私だけだろうか? 
大きなお世話だが、対象が芸能人なので、敢えて私の個人的主観を好き勝手に書かせていただく。早く離婚した方がいい。

脚3) これを書いた当時はそう思っていたが、今日のスマホ全盛を見ると、この予測は明らかに間違っていた。すみません。
しかし、「機能が多すぎて使い切れない」「字が小さくて読みづらい」と言う人は多い。

脚注4) 2015年の今日、現監督の舛永先生には、大いに期待しております。

(2013年10月、柳井高等学校同窓会近畿支部会報に掲載、一部加筆訂正)

 

 

 

 

 

 

 

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