求人情報  お問い合わせ  アクセス


No.26 産科麻酔と私

  

 

 産科麻酔に興味を持って30年になる。きっかけは大阪府立母子保健総合医療センターで初代麻酔科医長を務めた時だった。もともと小児麻酔を専門としていたので、同センター赴任を大学の教室から命じられたが、帝王切開の麻酔も業務内容の大きな部分を占め、守備範囲はさらに経腟分娩の麻酔にまで及ぶようになった。
 既に麻酔指導医でもあったし、小児麻酔が専門とはいえ、いわゆる産科麻酔の常識程度は知っているつもりだった。しかしそれに本格的に取り組むようになって、自らの無知を思い知らされた。
 
 そこで、まずはアメリカの教科書、主としてアメリカ麻酔科学会リフレッシャー・コースのテキストを、若手医師と一緒に輪読会をして知識の整理を行い、ひとまず当時のルーチンを作成した。実は当時の産科麻酔に関する日本語の教科書たるもの、呆れるほどにウソばかり書いてあった。
 ある程度の知識整理とルーチンが確立したと感じた頃に、阪大麻酔科の教授から「産科麻酔の教科書を書け」との指示が出た。その指示に従って準備もしていたが、しばらくして教授から「すまん。その教科書作りは中止する。」と言われた。理由は「そのような教科書を作っても売れない。なぜなら産科の医師は勉強をしないからだ。」と出版社に言われたためであった。
 実際のところ「勉強しない」のは、何も産科医だけではなく、麻酔科医も産科麻酔など興味がない人が殆どだっただろう。麻酔科学会でも、産科麻酔に関する演題はごく少数で、それも殆どは症例報告だった。
 確かに、出版社としては売れそうもない本の企画には乗れない。
 
 産婦人科に転科してからも、産科麻酔と小児麻酔の知識だけは、時代に追いつきたいと思っていたが、特に開業して以降は、小児麻酔に関する限り、もはやギブアップである。しかし、産科麻酔の勉強だけは、今日も続けている。
 時代も変わりつつある。「売れそうもない」と言われた産科麻酔の教科書も、今日数多く発売されている。これは主として、埼玉医科大学総合医療センター産科麻酔科の照井克生先生(以前は兵庫県立こども病院麻酔科に勤務されていた。)の功績が大きい。
 しかし、大多数の産科医、麻酔科医の産科麻酔に関する認識は、30年前と比べてどれだけ進歩しただろうか?
 
 例えば帝王切開の麻酔法について、
1)1.5mlもしくはそれ未満のペルカミンS による脊髄くも膜下麻酔(いわゆる「ルンバール」)を用いる。
2)全身麻酔の保険点数は高いので、収入を目的として全身麻酔を用いる。
3)児娩出後はペンタゾシン、ジアゼパムを静注し、あるいは笑気を吸入させる。
4)脊髄くも膜下麻酔の局麻薬なら、ペルカミンS、テトカイン、マーカインの3者の効き方について、作用持続時間の差以外の違いはない。
 経腟分娩の麻酔(無痛分娩)なら、
1)揮発性吸入麻酔で鎮痛を得る。
2)硬膜外麻酔でカルボカインを用いる。
3)硬膜外の局麻薬なら、キシロカイン、マーカインおよびカルボカインの効き方について、作用発現までの時間と持続時間以外の違いはない。
4)子宮口が全開したら、硬膜外麻酔を中断する。
 以上の方法や考え方はいずれも、私に言わせると「とんでもない」ものである。
 詳しく述べると、それこそ本1冊分以上のボリュームになるので、ここでは省略するが、この文章を読まれた先生方で、上記の1つにでも該当し、それのどこが悪いのかと反論したい方がいらっしゃるのなら、是非とも議論したいと思います。
 多くの産科医は「自分はこの方法で何十年もやってきた。その間1例も問題はなかった。」という台詞を述べられるが、実際には「問題はなかった。」のではなく、「問題に気が付かなかった。」もしくは「問題を知らなかった。」に過ぎない。
 

 

 

 

 

 

 

 

PAGE TOP